千葉 秀/SHU CHIBA
舞台演出/音楽プロデューサー/ 保護司
宮城県美里町在住の音楽マルチプロデューサー。
20代で山本リンダ復活のプロジェクト制作の中核を担当し、日本におけるクラブカルチャーを牽引して来た後藤貴之らと株式会社NWP(ニューワールドプロダクション)を設立、同社会社役員を務めた。その後(株)メディア出版で常務取締役に就任、Jリーグ創設期のヴェルディ川崎の応援歌CD化、ラーメン本を監修(NTT出版)しラーメンブームの火付けに一役買った。
ふるさと宮城に戻って来てからはDate fmで番組制作ディレクター、さとう宗幸の舞台監督を務める傍ら、和太鼓の魅力に惹かれ、2003年佐藤三昭と和太鼓トータルプロデュース会社(有) 3D-FACTORYを設立。3D所属チームのステージプラン、サウンドプロデュースを行って来た。2008年よりSCA仙台コミュニケーションアート専門学校でコンサートプランニングの講師を務め、2010年には映画「つるしびな」(大和優雅監督)の音楽監督を務めた。
2014年50歳を目前に自身の原点回帰を目指し20代から数々の音楽制作とアートファンデーションを行って来た「流行天国工房」を通し、これまで行って来た全ての活動の集大成と震災復興と音楽を繋ぐ活動を行う。
10年ぶりの開催となったGLAY EXPOでは閃雷と110人の和太鼓奏者によるMICHINOKU KIZUNA TAIKOによる東北とGLAYの復興祈願コラボステージの運営・制作を手掛けた。2016年3月震災から5年目のこの月にVSR MICHINOKUという東北にこだわったレーベルをスタート。
2017年は若手のクリエーターが自由に作品発表の出来る仮想空間「侍荘」のプロデュースを開始。その名前を持つ音楽ユニット『SAMURAI APARTMENT』も活動開始。
2020年「流行天国工房」を一般社団法人にし、これまでの事業・青い鯉のぼりプロジェクトの事務局業務を行う。
また、震災から「被災地に和太鼓でチカラを」ということで開設された「タイコラボ仙台」がコロナ禍で閉鎖することを受け、後継事業主として「Samurai Rhythm Academy」を立ち上げこれまでの和太鼓に加え「リズム」に着目した教室事業を開講。
各種音楽制作/アーティストプロモーション/コンサート制作/イベント制作/インディーズレーベルVSR MICHINOKUプロデュース/アーティスト発掘/アーティストブッキング/舞台演出/仮想クリエーターズアパートSAMURAI APARTMENT大家