Production Artist

制作アーティスト

 弊社が自信を持ってお届けするOnly Oneのアーティスト達。
これまでにも全国、いや世界中で感動のパフォーマンスをお届けして来ました。特に東日本大震災以降は、自分たちのふるさとや仲間に添い、たくさんの人々と共に未来を見つめ、そして活動して来ました。
その活動は時間とともに形は変わっていきますが、根本にある想いは生涯変わることはないでしょう。
皆様の街でもお会いできることを楽しみにしております。

サムライアパートメント
Samurai Apartment

常に進化する集合体 
和太鼓奏者&トラックメイカーKYO(from閃雷)と DJ&RAP CLIMB(fromMEGALO MANIA)という異色のトラックメイクユニット。バーチャル展開するアパートに入居したり、引っ越したり、遊びに来たりするアーティストとクリエーターによる集合体。

PROFILE

高校の同級生だったKYOとCLIMB は高校時代それぞれのフィールドで既に音楽活動をしており、いつか枠にとらわれない音楽を一緒に創りたいね...そんな事を話しながら2011年3月高校を卒業。その10 日後、東日本大震災 が故郷を襲った...。 
故郷を誇りにそれぞれのフィールド音楽で復興支援活動に参加、5年が過ぎた頃久しぶりにスタジオで再開した2人は、新しく日本らしいラウンジミュージックをテーマにいくつもの楽曲を制作。西洋におけるクラブやサロンの様に異種クリエーターが集う社交場から生まれるアートの様に、日本の作家や漫画家に見られる様な同じ方向性の夢を持つアパートの住人たちによる「切磋琢磨」をイメージし、それぞれの仲間たちも自由に参加出来るDopeなバーチャルアパート「SAMURAI APARTMENT」が誕生した。
結成直後から海外向けのシティープロモーションの挿入曲などを手がけるほか、LIVEパフォーマンスにも定評があり、活動が1年も経たないうちにMEGAROCKS2017LIVE HOUSE推薦枠で出場した。また、2018年にはカフェを中心としたLIVECafe’Vitamin】シリーズを展開。「今日だけは我慢しないで泣いてもいいよ!」をコンセプトに、各世代の泣き歌カヴァーとオリジナル楽曲で構成され被災地沿岸部などを中心に行うLIVEは好評で毎回完売となる。更に音楽活動だけに留まらず、クリエーター住人達によるハンドメイドWEBショップ「サムライ堂」もオープンするなどそのプロデュースが注目される。
 
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エムズジャパンオーケストラ
M's Japan Orchestra

男性が持つ力強さと、
女性が持つ華麗さ
和太鼓の持つ躍動感と
津軽三味線の持つ繊細さが
織り成す音楽は
人々に勇気と感動をもたらします

PROFILE

伝統の宝庫みちのく(東北地方)の純邦楽界で活躍する若手奏者達が、和楽器の可能性を表現し、世界へそして未来へ向けて発進!2006年の「みちのく大地の詩」で国指定重要無形民俗文化財「滑田鬼剣舞」との伝統の歴史を越え未来へ繋がる作品「大地の詩」発表。同年のバリ島で行われたバリアートフェスティバル2006(PKB06)でインドネシア大統領が観覧される中、バリアートセンター所属のトップアーティストとの国境を越えたコラボレーション招待公演の実現を機にエムズジャパンオーケストラーM's Japan Orchestra(みちのく邦楽オーケストラ)」が正式に誕生し、招待公演(インドネシア大統領御前演奏)を成功(約3000人の動員)させ、同パッケージの日本公演(大地の詩ASIA/全3公演)も連日満員の中行なわれた。現在メンバーは和太鼓ユニット閾、閃雷、花鳥風月の和太鼓奏者を中心に、これまで国内外で活躍するみちのく出身の奏者が招集され構成されており、東日本大震災直前の2011年2月には「みやぎ生協」の文化鑑賞会に選出され3日間5公演(5000人動員)を行った。
2011年東日本大震災後にはふるさと(みちのく)の復興支援として、希望の鼓プロジェクトを筆頭に、青い鯉のぼりプロジェクト・ZERO-ONE瓦礫再生プロジェクトという邦楽器を基軸とした活動を行っており"LIVE GROUND ZERO"というタイトルで追悼と復興のコンサートを行い、2013年には伊勢神宮で、東北の復興と全国からの支援に感謝の気持ちを込めて、奉納太鼓演奏を行い、国内の邦楽奏者等と共に「みちのく芸能復興宣言」を行いこれからも支援して行く事を誓った。
和楽のコンテンポラリー(現代)化をテーマに、子供から大人まで幅広い世代を魅了するM's Japan Orchestra(みちのく邦楽オーケストラ)の活動から目が離せない!

和太鼓ユニット閾プロフィールDL

和太鼓ユニット閾
Wadaiko Unit IKI

国と国、
文化と文化、
人と人…
全てにおける境界線を越えた演奏活動。
それが閾のテーマです。

PROFILE

「圧力と圧力の境界線上に発生するエネルギーを表す「閾」と名付けられ、2002年5月に米国同時多発テロ後の厳戒態勢の中、日本からは初となる和太鼓追悼コンサートに参加、ニューヨークマンハッタンでステージデビューを果たしました。その後、他ジャンルとのコラボレーションステージを積極的に展開し、BO∅WYのドラム高橋まこと・RCサクセションのドラム新井田耕三とライブセッション、2005年にはディズニリゾート「イクスピアリ」で「カウントダウンパーティ」が行われDJとのコラボライブは約1万人の観客とラジオによる生放送で年が明けた。仙台市主催の「みちのく大地の詩」では国指定重要無形文化財「滑田鬼剣舞」と史上初となる太鼓を打つ鬼の演目がステージ化され、代表曲「大地の詩」が発表され県を越え伝統芸能の継承(免許皆伝)許可をいただいた。また、2010年には詩人和合亮一と詩の朗読と和太鼓の共演"言音の詩"を行い高い評価をいただいた。
閾のメンバーからこれまでに和と洋の融合ユニット"UZU"、女性和太鼓打姫”花鳥風月、"邦楽バンド"閃雷"、"族-yakara-"という人気の和太鼓ユニットが誕生、中でもそれらユニットと外部の邦楽奏者が集結した"M's Japan Orchestra"は各方面から注目を浴びている。
2011.3.11東日本大震災以降は「被災地から元気を!」をテーマに「希望の鼓」プロジェクトを立ち上げ、復興支援に携わり史上初の東北六大祭が集結した「東北六魂祭」では開会式でオープニング演奏を果たし、10月には「世界体操(体操世界選手権)」では津軽三味線奏者上妻宏光氏とのコラボ演奏を行った。2014年GLAY EXPO2014ではMICHINOKU 絆 TAIKO(111名)に閃雷を除く10名が打ち手として参加し、東北の復興を願ってGLAYと共にi’m in Loveを演奏した。
 
和太鼓ユニット閾プロフィールDL

創作和太鼓 駒の会
Koma no Kai

PROFILE

創作和太鼓『駒の会』は、1979年に宮城県小牛田町駒米地区の夏祭りの子供太鼓として誕生し、その後、通年活動を目指し発会しました。「駒の会」とは、当時「駒米地区の太鼓」という意味で付けられた名前ですが、その「駒の会」を英語にすると「Meeting of piece」。直訳すると「破片の集合」という意味を持っています。年齢や性別、環境、性格も異なる人々が同じ夢を追い求め活動をする…。それは《不揃いのジグソーパズルの破片が組み合って、やがて目的をもった一枚の絵が完成する》それとどこか似ている気がします。1990年第一回定期演奏会を開催して以来、「感情生活」を合言葉に、単に太鼓の演奏者に留まるのではなく、太鼓を使った表現者としての活動を行ってきました。特に定期演奏会は、毎年新たなテーマを掲げ、まさに駒の会の活動の根幹となっており、自分をとりまく「ふるさと」への思いや、「自分自身」を見つめ直し、それに伴う独自の創作曲の発表をしています。私達、創作和太鼓駒の会は、一人一人が未熟でも、同じ志を持ち、共に夢を追いかける仲間が集まれば「輝きを放つ1つの音」になると信じ、活動をしております。